0考古2016年2月24日

 

マガキ

 

 笠松は、かつて伊勢湾につながる内海の中にありました。昭和10年(1935)木曽川橋の建設工事中、川底15メートルの深さからカキの化石が出てきました。カキが採取された地層は細かい砂の層で、およそ6000年以上前のものと考えられます。

 

     カキの化石

               カキの化石

 

 

藤掛中州水没遺跡

 天正14年(1586)の大洪水により、木曽川の流れが大きく変わり、村々が水没しました。

 昭和46年(1971)、木曽川の中州から土器の破片が発見されたことから、発掘調査が行われました。その結果縄文土器・弥生土器・瓦・貨幣など数百点が出てきました。藤掛中州水没遺跡と名づけられた遺跡は、出土品から縄文時代から江戸時代に及ぶ複合遺跡であることが分かりました。同じような遺跡は、各務原市や羽島市でも発見されています。

 

             

 弥生土器高台    S字状口縁台付甕型土器(古墳時代前期~中期)

    弥生土器高杯(弥生時代後期)        S字状口縁台付甕型土器(古墳時代前期~中期)        

 

 須恵器はそう(6世紀後半) 須恵器高杯脚部(7世紀後半)

        須恵器はそう(6世紀後半)                           須恵器高杯脚部(7世紀後半)

 

 

     

東流廃寺(蓮台寺)遺跡

 東流廃寺(蓮台寺)は、白鳳期(7世紀)に存在した30メートルを超える塔をもつ寺院です。

この寺院の礎石は二分して発見され、現在田代の白鬚神社と笠松別院にあります。

 寺院跡から発見された軒瓦は、「湖東式軒瓦」と言われ、近江の渡来系氏族秦氏ゆかりの歴史遺産として現代に伝わるものです。

 

 押圧波状文軒平瓦(7世紀末) 複弁蓮華文軒丸瓦(7世紀末) 単弁蓮華文軒丸瓦(湖東式軒丸瓦 7世紀後半)

         押圧波状文軒平瓦                     複弁蓮華文軒丸瓦                  単弁蓮華文軒丸瓦

  

 

 

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