藤掛水没遺跡
場所 田代
水がれ時には岸辺の川底の砂原が現れる
説明
昭和四十六年笠松中学校の生徒が、木曽川の中洲から弥生式土器を発見したことから、笠松にも弥生遺跡があるのではないかと注目されるようになりました。
調査を進めてみると、縄文式土器や弥生式土器、瓦、貨幣など数百点が出てきました。
出土品から、藤掛水没遺跡は縄文時代から江戸時代に及ぶ複合遺跡と言えます。
また、同じような遺跡が各務原市、羽島市からも出ています。
訳注
弥生式土器
弥生時代の素焼きの赤褐色の土器で、煮炊き、貯蔵、食事に使っていました。
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